楽しくなければ仕事ではない。僕が昔から心掛けていることだ。楽しくなければ何事も続かないし、気分が落ち込み、それが周囲に悪影響を及ぼし、回りまわって、さらに気分が落ち込む。誰でも、楽しく仕事をしたいと考えているはずだが、必ずしも全員が楽しく仕事をしているわけではないだろう。

僕が楽しく仕事をすることを心掛けているといっても、いつも楽しく仕事をしているわけではない。苦しい時も、悔しい思いをしたことも、特には泣きたい時もあった。過去は過去のこととして、出来るだけ早く忘れるようにしているが、つらい思いはなかなか忘れられないものだ。理不尽なことは記憶に残り、楽しかったことはすぐに記憶から過ぎ去る傾向にあるようだ。

楽しく仕事をするには、どのようにすれば良いのか考えてみたい。

<楽しく思えるだけを仕事にする>

このことは至極当然のことだろう。時には楽しく思えないことを仕事にせざるを得ないこともあるだろう。僕の場合は、単純作業が苦手で、どうしても飽きてしまう。世の中には単純作業を苦にしない人がいるらしいし、むしろ好んで単純作業をしたがる人がいるらしい。でも、僕は単純作業が大の苦手で、30分でも同じことを繰り返すと、心と手(足でも良い)はバラバラ、残り時間ばかり気になってしまう。

楽しく思えることだけをして、それが仕事として成り立つためには、仕事への好みの許容範囲を広げてみる必要がある。僕の場合は幸いにそれが広いように思える。一人で仕事をすることは苦にならないし、人と会って話すことも苦にならない。いや、むしろ一人で仕事をしたり、人と会ったりすることが比較的好きなのだと思う。

あなたはここに示した4つの領域の中で、どこを好むだろうか、いやどの領域をできれば避けたいと考えるだろうか。僕の場合は、左下の領域(自分のみで、かつ同じことを繰り返す領域)を避けたい。この典型的な仕事が単純作業ということになる。それ以外の領域なら、どんな仕事でも行うことを苦にしない。むしろ、どんな仕事でもあっても、楽しく行うだろう。

結局、楽しく思えるだけを仕事にするとは、自分の苦手と思う仕事を明確にして、それ以外の仕事は楽しいと思うことで達成できそうだ。

<楽しく仕事をする工夫>

どんなことにも喜びを見いだすことができるはずだ。というと、毎日苦しみにさいなまれている人がいるのに、無責任なことを言うな、と苦言をいただきそうだが、一般論として受け入れて欲しい。僕が苦手なのは、単純作業だと本コラムで述べた。これには自身の体験談がある。新入社員時代の研修で工場実習があり、これがまさに単純作業だったのだ。忘れるほどの昔のことで恐縮だが、ベルトコンベアが流れてくる機械に部品を取り付けるという、まさにチャップリンのモダンタイムズの世界に身を置いたことがあった。そんな中でも、僕は喜びを見いだして毎日過ごしていた。

それは、同じ工程に就いている女性の心の動きを観察することだった。何もストーカーまがいのことでなないので、念のために。その工場のラインには女性が多く、たまには声を交わすこともあった。そんな中に多少の好意を持ったり、持たれたりする人もいた。たまに、その人が僕のそばに配置されると、その人の動作を見るとはなく、目にとめることことになる。「何を考えているのだろう、仕事を終えたらどうするのだろう」と想像しながら単純作業を繰り返したのだ。そんなことを繰り返すことで、時間が過ぎていき、終えるとそれなりの充実感に浸ることができたことを思い出す。

毎日が全く同じことの繰り返しではあり得ない。出会う人が違うかも知れないし、異なる対応が求められるだろう。そうであるなら、自分なりに考えを巡らすことで喜びに結び付けることができた。

<好きなことを仕事にする>

仕事は与えられるものではなく、自身でつかみ取るものだと言える。あなたが20歳代の若者であれば、そのように思えないこともあるだろう。でも長い人生を考えると、仕事と選ぶ機会が必ず訪れる。人によっては、学校を卒業する時点で、「この仕事をする」と明確に定めている人もいるだろう。僕の場合は、そのような明確な仕事観があったわけではないが、ある年齢に達すると、自分の好きな仕事は何か、どんな仕事に就きたいかと、明確に人に伝えることができるようになった。

多くの仕事を経験したり、他の人の仕事を観察することで、自分に何に適性があり、どんな仕事を好んでいるのか分かるようになる。断言して、誰でも好きな仕事が明確になる。その時に、好きな仕事に最大限の努力をすることで、充実した仕事人生を送ることが出来る。

お問い合わせ

無料でご相談をお受けします。
まずは気軽に相談してみませんか?

03-6231-1707

受付時間 月~金 10:00~18:00

メールフォームでお問い合わせ

受付時間 24時間受付